生き方について考えてみる

 

 

生き方。

 

23歳となり、そろそろ現実がみえてくる25歳が近くなってきてるこのごろ。

 

こどもの頃は、オシャレで、社交的で、勉強ができてなんて自分の理想像を抱きつつ、こんな私のことだから苦しんでるのかな、と思っていた。

 

で、23歳。

 

どうだろう。

 

まず思うのは、まだまだ未熟だ、子どもだ、ということだ。

 

大人だと思ってたけれど、まだまだ子どもだし、まだまだ世界を知らない。

 

きっと素敵に年を重ねている人は、広い世界を知っている。

 

私は、それを知りたい。

 

色んなことを知りたい。

 

貪欲になりたい。

 

そのためには・・・こてんぱにも・・・なるしかないよねえ。

 

やっぱり好きなことを無視するってできない気がする。

 

私はこれがやりたいんだって気持ち。

 

きっと自己満足だけれど、それでいい。

 

根本的欲求は、自分のためだけれどそれでいいんじゃないかな。

 

だって自分ありきだもの。

 

二の次にまわりの人。

 

だからこそ、感謝しながら生きれるだろうし。

 

こう生きたいから挑戦する。

 

不安の中に飛び込む。

 

何もやらなくてもきっと私は不安だらけだ。

 

なら飛び込め、オレ。

 

 

あいづちをうつのが苦手なんだよね


あいづちをうつのがとても苦手。

 

興味があるようにうたなきゃ、興味があるようにうたなきゃ、と思ってるから話に興味がないとばれる。

 

なるべく話の内容に集中してるのだけど、緊張のためか元に戻ってしまう。

 

心を許した人はそんなんでもねえけども、この違いはなんなんだべね。

 

ただのコミュニケーション障害かしら?

 

それで片付くなら、経験でカバーできるかな。

 

解決策が、ほしい。

 

なんでそんな反応をしてしまうのか、どうしたら私の考えるコミュニケーションがとれるのか。

 

絶対、中高校生の時のクソみたいなコミュニケーションが今も引きづってるんだろうね。

 

この6年間地獄だったけれど、やっと前に進めてるから大丈夫大丈夫。

 

アホはアホらしく生きてればいいや、と思ってる。

 

ほら、言うじゃん。

 

2:6:2の法則。

 

2割の人は私を好いてくれてるのさ。

 

でも、このあいづちの下手さははよ直さなきゃ。

 

解決策を、ください。

 

 

私たちはまな板の上の鯉

 

 

どんなに大きくみせようと、

 

どんなに小さくみせようと、

 

私は私。

 

等身大なのだ。

 

舞台と同じように実生活でもいえるよね。

 

 

 

私のなかの共感脳が

 

 

最近、私がいかに共感脳かを思い知らされている。

 

分かってるけど、分かってるけど話題のひとつとして確認するじゃない。

 

分からないなんてなんてバカなの、おもしろい子だね!みたいな反応され、かなりイラッ。

 

なんやねん、なんやねん。

 

こんなシャッターが下りる感覚は久しぶりかもしれない。

 

どうした、私。

 

 

美味しければそれで幸せ

 

 

夕ごはんはカレーにしました。

 

このところ食べたいなあ、けれど野菜が揃ってないなあなんて思っていたのですが、別に食材はなんだっていいんですよね。

 

にんじんとじゃがいもがなくたって、カレーはカレーなのだ!

 

ということで。

 

ピーマンともやしとウィンナーととり肉をコトコトと煮込み、カレーを作りました。

 

食べてみると、ピーマンの苦味がきいて思いのほかうめえ!

 

はあ、こういった生活の小さな発見っていいよね。

 

好き。

 

そんな日でした。